第2章
ペルソナとジャーニーマップ — 願望ではなくデータからユーザー像を描く
レッスン 2-5 UXリサーチと要件定義 ⏱ 所要時間:約150分
GOAL
このレッスンのゴール
⏱ 約150分
  • オーナーの願望とデータが映す実像を見分け、リサーチの事実からペルソナを作成できる
  • リサーチ結果をKJ法で束ね、次の設計につながる実装可能なインサイトを抽出できる
  • ペルソナの体験を段階で描き、ペイン(感情の谷)と改善機会を示したカスタマージャーニーマップを作成できる

リフトのオーナー織田さんは、打ち合わせのたびに「若い人に来てほしい」と話していました。ところが、インタビュー記録を読み返すと、実際に通っているのは仕事帰りの20〜40代で、6割が女性、多くが運動初心者です。願望と、データが映す実像はずれていました。この章でやるのは、その実像を土台に中心となる1人へしぼってペルソナを描き、その人が予約に至るまでの体験をカスタマージャーニーマップに起こすことです。前回までに集めたヒアリング・インタビュー・競合分析のデータを、願望に引きずられず、1人の人物像と1本の流れにまとめます。

📋 事前準備
  • ゴール定義シート(2-2):ビジネス目標・成功指標・スコープを確認する
  • インタビュー記録(2-3):ユーザーの声とペイン(つまずき)を確認する
  • 競合UX分析シート(2-4):競合の予約体験の良し悪しを確認する

まず、これから作る2つの成果物の完成形を見ておきましょう。データから起こした代表的ユーザー像(ペルソナ)と、その人が予約に至るまでの体験を段階で並べたカスタマージャーニーマップです。ペルソナの人物が、そのままジャーニーの主役になります。

このレッスンの完成イメージ。左に代表的ユーザー像(ペルソナ)のカード、右に予約までの段階と感情曲線を並べたカスタマージャーニーマップの縮図を置き、ペルソナからジャーニーへ矢印でつなぐ
図:2つの成果物はセット。ペルソナの人物が、そのままジャーニーの主役になる。

願望とデータの実像を見分ける

ペルソナは、思いつきの人物設定ではありません。リサーチで分かった事実を、1人の代表的なユーザー像にまとめたものです。

願望織田さんの声
  • 「若い人に来てほしい」
  • 思い描くのは20代前半の学生
  • データの裏づけはない
データの実像いま通う中心客
  • 仕事帰りの20〜40代
  • 6割が女性
  • 多くが運動初心者
図:ペルソナの土台にするのは右のデータ。左の願望は、将来増やしたい層の仮説として別に扱う。

織田さんの「若い人に来てほしい」は、データの裏づけがない願望です。実際に通う中心は仕事帰りの20〜40代で、6割が女性、多くが運動初心者でした。この事実がペルソナの土台になります。

✓ Point !
願望と実像を分けて扱う

オーナーの願望は、これから増やしたい客層の仮説として大切に記録します。ただしペルソナの土台にするのは、いま実際に通っている人のデータです。両者を分けて扱えば、次の要件定義でどこまで狙うかを落ち着いて判断できます。

誰のために作るのかを、手元のデータで確かめてから人物像に落とし込みましょう。願望と実像を分けて示せれば、実務でクライアントの思い込みと調査結果が食い違う場面でも、相手の気持ちを否定せずに、いまのお客さまが迷わない設計から始める提案として順番を整理できます。

Q
確認クイズ 1/4
織田さんから、あらためて「若い人に来てほしい」と言われました。一方リサーチでは、中心客が仕事帰りの20〜40代・女性6割・運動初心者だと分かっています。ペルソナの作り方として最も適切なのはどれでしょう?
正解です!
ペルソナの土台は、いま実際に通う人のデータです。願望は増やしたい層の仮説として別に記録し、次の要件定義で扱います(B)。願望をそのまま主役にする(A)、リサーチを捨てる(C)、全員に当てはめる(D)は、いずれもデータから外れます。
惜しい!
ペルソナはデータから起こします。中心客を土台にし、願望は別の仮説として残すBが適切でした。願望を主役にする(A)やリサーチ無視(C)はデータから外れ、全員向け(D)は誰にも響きません。

手順1:KJ法で束ねてインサイトを抽出する

ばらばらのデータは、そのままではユーザー像になりません。まず似た事実を束ね、その奥にある理由を読み取ります。

KJ法で事実を束ねる

リサーチ結果をKJ法で束ねたクラスター図。1枚1事実のふせん(電話予約が苦手/営業時間外に申し込めない/情報が古く料金が分からない/返信待ちで予定を決められない など)を、予約手段のハードル・情報の古さと分かりにくさ・続けやすさの不安の3つのかたまりに寄せ、各かたまりに見出しを付ける
図:ばらばらの事実が、名前の付いたテーマにまとまる。

KJ法(親和図法)は、断片的な事実を関連で寄せてテーマを浮かび上がらせる手法です。気づきを1枚1事実でふせんに書き出し、関連するものを寄せてかたまりを作り、中身を言い表す名前を付けます。

✓ Point !
ふせんは1枚1事実

1枚のふせんには、事実を1つだけ書きます。複数の内容を詰め込むと、いくつものテーマにまたがってうまく寄せられません。粒をそろえることが、きれいに束ねる前提になります。

事実からインサイトへ昇華させる

4
デザイン要件:24時間いつでも予約できる導線をつくる
↑ 昇華
3
インサイト(なぜ):日中は指導中で電話に出られず、見込み客の申込機会を逃している
2
繰り返すパターン:営業時間外に申し込めず離脱する
1
観察された事実:予約は電話とLINEだけ
図:下の事実から上へ。要約で止めず、なぜの解釈と打ち手の糸口まで引き上げると、実装可能なインサイトになる。

インサイトは、事実の要約ではありません。なぜそうなるのかを解釈し、次の設計の糸口まで含めた洞察です。事実から出発し、パターンを見つけ、理由を解釈して、設計の要件へと一段ずつ引き上げます。この順でたどれると、提案の場でなぜその機能が必要かと問われても、事実となぜの解釈、打ち手の順で筋道立てて説明できます。

! 注意
AIは下書き、解釈と判断は自分が行う

手元の生成AI(Gemini・ChatGPTなど)は、ふせんの仮のグルーピングや文章の下書きを素早く出せます。ただし、なぜそうなるのかの解釈と、どのインサイトを採るかの取捨選択は必ず自分で行い、最終確認はコーチに委ねます。AIの出力には事実の取り違えや古い情報が混ざるため、鵜呑みにしないでください。

Q
確認クイズ 2/4
リフトのリサーチ結果から、設計に使える「実装可能なインサイト」に最も近いのはどれでしょう?
正解です!
インサイトは、なぜそうなるのかの解釈と次の設計の糸口を含みます。Bは離脱の理由を解釈し、打ち手(24時間予約の導線)まで示しているため実装可能でした。Aは事実の要約、Cは漠然とした感想、Dは測定の行為です。
惜しい!
A・C・Dは、事実の要約・漠然とした感想・測定の行為で、まだ設計につながりません。離脱の理由を解釈し、打ち手の糸口まで示したBが実装可能なインサイトでした。

手順2:インサイトからペルソナを作る

インサイトが出たら、それを1人の具体的な人物像に落とし込みます。これがペルソナです。

M
Mさん・34歳・会社員(女性)
運動初心者/リフトの中心客を代表する1人
生活
平日は仕事が終わる19時以降に、ようやく自分の時間ができる
利用場面
仕事帰りに立ち寄って通いたい
ゴール
無理なく続けて、体を変えたい
ペイン
電話予約が苦手。LINEの返信待ちで予定を決められない
ひとこと
「続けられるか、不安で……」
図:すべての項目がリサーチの事実に裏づけられ、設計判断に効く情報にしぼられている。

ペルソナは、決まった項目で1人の人物像を具体的に描いたものです。属性を盛り込みすぎず、設計判断に効く項目にしぼります。中心客がはっきり2タイプに分かれるときだけ、ペルソナは1〜2体まで作ります。

✓ Point !
1項目ずつ事実にひもづける

ペルソナの各項目は、インタビューや競合分析のどの事実から来たのかを言える状態にします。根拠を言えない設定は、想像で足したしるしです。事実に裏づけられた項目だけを残しましょう。

迷ったら、その項目が設計の判断に効くかを基準に取捨しましょう。できあがったペルソナは、チームやクライアントと議論するときの共通の判断基準になり、ボタンの文言や予約フローで迷ったら、この人なら迷わないかと問い返して、好みの言い合いではなくユーザー起点で決められます。

Q
確認クイズ 3/4
リフトのペルソナを1体作ります。リサーチ結果に照らして最も適切なのはどれでしょう?
正解です!
Bは、中心客のデータ(仕事帰りの20〜40代・女性・初心者)とインタビューのペイン(電話が苦手・返信待ち)に裏づけられ、項目も設計に効くものにしぼられています。Aは願望ベースで実像と矛盾、Cは全員向けで焦点がなく、Dは根拠のない盛り込みすぎでした。
惜しい!
ペルソナは事実に裏づけられ、判断に効く項目にしぼります。データと合致するBが適切でした。願望ベースのA、全員向けのC、根拠なく盛り込んだDは、いずれも設計の役に立ちません。

手順3:カスタマージャーニーマップで体験を描く

ペルソナができたら、その人が予約という目的を果たすまでの体験を、時間の流れにそって1枚の図にまとめます。これがカスタマージャーニーマップ(CJM)です。作成にはFigmaまたはFigJamを使い(どちらでもかまいません)、横に長いボードを1枚用意して、そこに段階を並べていきます。

カスタマージャーニーマップは、ユーザーがゴールにたどり着くまでの体験を段階ごとに区切り、その流れと気分の浮き沈みを1枚で見えるようにした図です。横軸には、ユーザーが目的を果たすまでの段階(フェーズ)を時系列で並べます。リフトなら、認知(知る)→検討(調べる)→予約→初回来店→継続(通う)という並びです。縦軸には、各段階について次の項目を書き込みます。書き込む中身は、インタビュー記録とペルソナを根拠にし、想像では埋めません。

  • 行動:その段階でユーザーが実際にすること(例:スマホでジムを検索する)
  • 接点(タッチポイント):ユーザーが触れる手段や画面(例:ホームページ、LINE、電話)
  • 思考・感情:そのとき考えたこと、感じたこと。気分の浮き沈みも書く
  • 課題(ペインポイント):つまずきや不満(例:営業時間外は電話がつながらない)

図のいちばん下には、段階ごとの気分の上下を感情曲線として線でつなぎます。こうすると、体験のどこで気分が上がり、どこで落ち込むのかがひと目で分かります。

リフトの予約体験のカスタマージャーニーマップ。横軸に段階(認知→検討→予約→初回来店→継続)、縦に行動・タッチポイント・思考と感情・ペイン・改善機会を並べ、最下部に感情曲線を描く。予約の段階で曲線が最も落ち込む谷になり、その列の改善機会に24時間予約できる導線を記す
図:体験の流れと感情の起伏を1枚で可視化。感情の谷=ペインが、最初に直すべき改善の起点になる。

感情の曲線が最も落ち込む谷が、最初に直すべき場面です。リフトでは、予約が電話とLINEだけの段階に谷ができます。改善の優先順位を決める会議でも、ジャーニーマップがあれば、どこから手を付けるかを感覚で決めず、感情の谷が深い段階から着手すると示せます。

✓ Point !
感情の谷が改善の起点

行動だけを並べても、どこを直せばよいかは見えません。各段階の思考と感情を書き、曲線が落ち込む谷(ペイン)を見つけると、改善の優先順位が決まります。谷の隣の欄に改善機会を書き添えましょう。

Q
確認クイズ 4/4
ジャーニーマップを描くと、感情の谷が予約の段階にありました。ここまでの流れを踏まえ、次の一手として最も適切なのはどれでしょう?
正解です!
感情の谷は、直すべきペインの場所を教えてくれます。Bは、その谷(予約段階)から中心客のデータに基づいて改善する筋道です。願望に流れるA、焦点をぼかすC、判断材料の谷を消すDは、ここまでの学びと逆行します。
惜しい!
谷は改善の起点です。中心客のデータに沿って予約段階から直すBが適切でした。願望に流れるA、焦点をぼかすC、谷を消すDは、データ起点の設計から外れます。

演習:ペルソナとジャーニーマップを作る

ここまでの3つの手順を使い、リフトのリサーチ結果から、ペルソナとカスタマージャーニーマップを作ります。願望と実像を分け、データを土台にすることを忘れずに進めましょう。

演習 2-5

ステップ1:KJ法で束ねてインサイトを3つ導く

  • インタビュー記録と競合分析シートの気づきを、1枚1事実でふせんに書き出す(FigJam等)
  • 関連するふせんを寄せてかたまりを作り、各かたまりに中身を言い表す名前を付ける
  • かたまりから、実装可能なインサイトを3つ導く(事実の要約で終わらせない)

ステップ2:ペルソナを1〜2体作る

  • 中心客のデータを土台に、名前・年代・生活・利用の場面・ゴール・ペインを書く
  • 各項目の根拠になった事実をひとことメモで添える(想像で足さない)
  • オーナーの願望(若い層)は、増やしたい層の仮説として別に1行記録する

ステップ3:カスタマージャーニーマップを作る

  • FigmaまたはFigJam(どちらでもよい)に、横に長いボードを1枚用意する
  • 主役にするペルソナと、そのゴール(例:無理なく予約して通い続ける)を1行で決める
  • 予約までの段階(フェーズ)を時系列で横に並べる(認知(知る)→検討(調べる)→予約→初回来店→継続(通う))
  • 各段階について、行動(実際にすること)・接点(触れる手段や画面)・思考と感情を書く。中身はインタビュー記録とペルソナを根拠にし、想像で埋めない
  • 各段階の感情の上下を線でつなぎ、感情曲線にする
  • 感情が最も落ち込む段階(感情の谷=ペイン)と、そこでの接点を特定する
  • そのペインの隣に、改善の機会(チャンス=打ち手の糸口)を書き添える

完了条件(提出物)

この成果物は、章の最後でまとめてコーチに提出しましょう。

  1. 実装可能なインサイト3つ(根拠の事実と、なぜの解釈を1〜2文で添える)
  2. ペルソナ1〜2体(データの裏づけ、および願望と実像を分けたメモつき)
  3. カスタマージャーニーマップ(感情の谷=ペインと、改善機会の指摘つき)
  4. AI活用メモ:グルーピングや下書きのどこを生成AIに任せ、どの解釈・判断を自分が行ったかを2〜3行で書く

進め方のヒント

  • インサイトは「事実→なぜの解釈→打ち手の糸口」の順で1文にまとめると書きやすい
  • ペルソナの項目は「この設定は、どの事実から来たか」を声に出して確かめる
  • ジャーニーは行動だけでなく、思考と感情を必ず書く。谷が見つからないときは感情の欄を見直す

ここで作ったペルソナとカスタマージャーニーマップが、このレッスンの提出物です。次回の要件定義では、ジャーニーで見えたペインと改善機会をもとに、必要な機能を洗い出して優先順位を付けます。感情の谷を埋める設計へと進みます。

よくあるつまずき Q&A
ペルソナは何体作ればいいですか?
まずは1体で十分です。中心客がはっきり2タイプに割れるとき(例:会員のBさんと見込み客のCさんで悩みが大きく違う)だけ、2体まで作ります。むやみに増やすと設計の焦点がぼやけるため、リフトのような1店舗の案件では1〜2体にとどめます。
オーナーの「若い人」という願望は無視していいですか?
無視はしません。いまの中心客をペルソナの土台にしたうえで、増やしたい層として別に記録します。願望を消すのではなく、実像と分けて残すことで、次の要件定義でどこまで狙うかを判断する材料になります。オーナーの気持ちを尊重しつつ、設計はデータで進める形です。
KJ法やペルソナの文章を、AIに作らせてもいいですか?
下書きとしてなら使えます。ふせんの仮のグルーピングや、ペルソナ文の言い換えはAIが得意です。ただし、事実の取り違えがないかを自分で確認し、どのインサイトを採るかの判断は自分で行います。最終的な評価はコーチが行うので、AIに任せた範囲は提出時のAI活用メモに書いておきましょう。
CHECK
理解度チェック
願望とデータの実像を分け、データからペルソナを起こせる
オーナーの願望は仮説として別に記録し、ペルソナの土台にはいま通う中心客のデータを使います。リフトなら、仕事帰りの20〜40代・女性6割・運動初心者という事実が起点でした。誰のために作るのかをデータで確かめてから、人物像に落とし込みます。
KJ法で事実を束ね、実装可能なインサイトを導ける
気づきを1枚1事実でふせんに書き、関連で寄せて名前を付けます。そこから、なぜそうなるのかを解釈し、次の設計の糸口まで含めたインサイトへ昇華させます。事実の要約や漠然とした不満で止めないのが、実装可能の条件でした。
ジャーニーマップを段階×感情で描き、ペインと改善機会を示せる
段階を横に、行動・タッチポイント・思考と感情・ペインを縦に並べ、感情曲線を描きます。曲線が最も落ち込む谷が、最初に直すべきペインです。リフトでは予約段階が谷になり、その隣に24時間予約できる導線という改善機会を書き添えました。